虫垂炎の話
御無沙汰しております。本日,虫垂炎に関して研修医の先生と勉強しましたのでその内容を簡単にまとめてみたいと思います。
内容としては,
1.虫垂炎の自然経過
2.虫垂炎の診断とAlvarado scoreについて
3.虫垂炎の治療
の順に述べたいと思います。
1.虫垂炎の自然経過
虫垂炎は一般的に,「右下腹部が痛くなる疾患」のイメージが強いですが,実際には下記のように経時的に症状が変化して行きます。救急外来には「虫垂炎発症間もないタイミング」で受診することが多く,見落としや誤診につながりやすいわけです。
とは言え,虫垂炎は非常にcommonでかつcriticalになり得る疾患ですので,救急外来では確実に診断したいところです。
①心窩部痛・心窩部不快感(発症直後)
②嘔気・嘔吐(発症2-3時間)
③腹部の圧痛(発症12-24時間)
④発熱(発症12-24時間)
⑤白血球の上昇(発症12-24時間)
ほとんどがAbdominal pain→Emesisの順に起こります(APPEと覚えるという先生もいらっしゃいます。オシャレですね)
①②の時点では,炎症は虫垂に限局していて,これらの症状は腸管の自律神経のにより引起こされていると考えられています。
③以降は炎症が壁側腹膜に波及し,いわゆる「腹膜炎」を起こしている状態です。
そのまま症状が続けば,穿孔してしまう可能性もありますので,ともかく「圧痛があるか」「症状はどの順番で出現しているのか」が大切です。
このように発症してどの段階で救急を受診するかによって主訴が変わりますから,虫垂炎の主訴は「右下腹部痛」ばかりではなく「嘔気」だったり「発熱」だったりするわけです。(熱中症の触れ込みで運ばれた高齢者の方が,実は虫垂穿孔からの敗血症だったなんてことも去年の夏にありました…。)
2.虫垂炎の診断とAlvarado scoreについて
虫垂炎の診断は最終的には腹部超音波もしくはCT検査で行われます。
こんな感じで見えるようですが↓↓
実際は,なかなか難しくてCT検査で診断をつけることが日本の場合は多いと思われます。(勿論妊婦や小児の場合は超音波で診断をつける必要が出てくるので必要な技術だとは思います)
ちなみCT検査では,
・虫垂壁厚2mm以上
・糞石の存在
・虫垂周囲の脂肪式濃度の上昇,浸出液,膿瘍
・虫垂のtarget sign
などがあると虫垂炎が示唆されます。
救急外来では,「虫垂炎を疑ったときにCTをとるかどうか」がポイントになるわけです。身体所見としては,psoas sign,obturator signなど色々ありますが,今回はAlvarado scoreについて確認します。別名MANTRLES scoreとも言われ,原著は1986年に外科医のAlvaradoによって提唱され,その後何度か検証されています。
2011年のsystematic reviewでは5点以下で入院の必要な虫垂炎のrule out(感度99%)ができそうという結果でしたが,具体的なスコアを見てみると
心窩部から右下腹部の痛みの移動 1点
食思不振 1点
嘔吐 1点
右下腹部痛 2点
反跳痛 1点
37.3℃以上の発熱 1点
白血球数10000以上 2点
白血球の左方移動 1点
と言った内容で,虫垂炎を疑うようなシチュエーションだと役に立たないですし,虫垂炎の初期は見逃すことになるので,原因不明の腹痛や嘔気の患者さんを帰宅させる場合には,「救急外来では原因は分かりませんでした。痛みが移動したり熱がどんどん上がってくるようならまた受診してください。その時にはおなかのCTも撮りましょう」などと伝えて帰宅させるのが賢明ではないかなと思います。
3.虫垂炎の治療
以前は「虫垂炎はすぐ手術」と言った時期もありましたが,現在は「抗菌薬治療を先行させる」ケースもあります。いつ手術するのか,抗菌薬は何を使用するのかなどハッキリ決まっていない部分もあるので,虫垂炎の診断がついたら外科にコンサルトしましょう。
(抗菌薬投与のコンセンサスは必ずしもありませんが,「軽症ならCMZ,ABPC/SBT,CTRX+CLDM,TAZ/PIPCを術前に1回,壊死性虫垂炎や穿孔,腹膜炎があれば計3~5日間もしくは無熱が2~3日間続くまで投与」と言うのが,青木先生の「感染症診療レジデントマニュアル第3版」やUp to dateからは伺い知れます。
Up to dateの「Management of acute appendicitis in adults」によれば,虫垂炎の状態によって治療選択が変わります。具体的には,
■穿孔していない虫垂炎で手術を躊躇う状況になければ12-24時間以内に手術
■穿孔していない虫垂炎で手術をしない場合は,入院して静注の抗菌薬
■穿孔している虫垂炎の場合は,敗血症であったり自由壁破裂を伴う場合は直ちに手術をして術後3-5日の抗菌薬治療。穿孔していても容態が落ち着いている場合は,静注の抗菌薬治療を(±ドレナージ)を行って,容態が良くならなければ手術
など記載がありますが,要は穿孔の有無や患者本人の容態によってすぐに手術なのか,少し抗菌薬で治療して反応を見るのかが変わるわけですね。
直感的には,「穿孔したら早めに手術をしたほうが良さそう」ですけれど,実際には,癒着や炎症が強い時期に手術を増えると合併症や合併切除,術後の膿瘍などが増える可能性があるため,炎症が落ち着いてから手術介入をすることになります。
また近年,2015年のNEJMのReview(PMID:25970051)や2015年のJAMA(PMID:26080338)などでは,軽症の虫垂炎は手術せずに治療できる可能性も示唆されています。
NEJMのReviewでは,「単純性虫垂炎(妊娠のない若者,糞石や穿孔がない,免疫不全がない)であれば,抗菌薬による保存治療も可能である(※ただし,4.2-7カ月の間に再発,手術となる割合が10~37%)」
JAMAのRCTでは,「単純性虫垂炎(18~60歳,妊婦・授乳中は除く,腹膜炎や重症疾患がる場合は除く)に対して,抗菌薬による治療は非劣性を示せなかった。しかし、抗菌薬治療の患者群は72.7%がその後1年間手術を必要とせず,手術を受けた患者も重篤な合併症はなかった。(使用した抗菌薬は,エルタぺネムを3日間,経口のLVFX+メトロニダゾールを7日間)」
と言った結果が出ていますが,後者はそもそもprimary outcomeで有意差を示せなかった文献ですし,いずれも高齢者などに当てはめて良いか分からないので臨床への適用に関しては慎重に検討する必要があると思います。
少し長くなりましたが,虫垂炎の治療はまだまだ検討すべき事項が多そうです。
それでは。
【参考文献】