救急医 ざわさんのブログ

東京の病院で三次救急をやっています.自分の日常診療の知識のまとめをしたり、論文や本を読んで感想文書いています。日常診療の延長でブログを始めました.ブログの内容の実臨床への応用に関しては責任を負いかねますので,各自の判断でお願いします.内容や記載に誤りや御意見がございましたらコメント頂ければと思います.Twitterもやっています(https://twitter.com/ryo31527)

【1人抄読会】分娩後の大量出血にトラネキサム酸が有効

今回は、少し前にLancetで発表された

“Effect of early tranexamic acid administration on mortality, hysterectomy, and other morbidities in women with post-partum haemorrhage (WOMAN): an international, randomised, double-blind, placebo-controlled trial”

を取り上げます。

論文の要旨としては、

 

『分娩後の大量出血にトラネキサム酸1g(30分後に出血が持続していたり、24時間以内に再出血した場合にはもう1g追加投与)をすると死亡率が減る(NNT=250)』

 

と言ったものです。通称WOMAN trialですね。

 

まず、論文そのものを読む前に、簡単に分娩後大量出血について整理します。

産科危機的出血への対応ガイドラインを参照してみると、

 

 

文献によってまちまちですが、一般的には経膣分娩では出血量は500-800㎖程度が平均的な量のようです。

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分娩後大量出血の対応としては下記のようなフローチャートが作成されています。

ショックインデックスが採用されています。

分娩前にリスク評価し、リスクが高い場合は高次施設での分娩が推奨されています。

独自のDICスコアが導入されているのも特徴ですね。

 

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トラネキサム酸については特に言及されていません。

 

実際に、WOMAN trialについて見てみると…

 

【Summury】

分娩後出血は周産期死亡の大きな原因である。

外傷ではトラネキサム酸投与が死亡率を改善することがすでに示されている(CRASH2 trial)が、分娩後出血に有効であるかどうかを確かめたい。

 

二重盲検RCTでトラネキサム酸vsプラセボの試験。

 

経膣および帝王切開で出産され、分娩後の出血が問題になった女性を対象にしている

(193病院、21ヵ国、2010年3月-2016年4月までで20060人の女性が参加している)

 

1gのトラネキサム酸かプラセボを投与した後に、30分後も出血が続いている場合、もしくは24時間以内に再出血した場合に1gを投与する。

 

トラネキサム酸群とプラセボを比較したときに死亡率は有意差(1.5%vs1.9% P=0.045 RR0.81)があったが、子宮摘出術の頻度に差はなく、有害事象もとくになかった。3時間以内に投与された群で成績が良かった。

 

 

【Introduction】

CRASH2trial(外傷に対する早期トラネキサム酸投与が死亡率軽減に有効であるということを示したRCT)を参考にしている。今までにこのテーマでRCTが行われたことはない。WHOのガイドラインのトラネキサム酸投与を支持する結果となった。

出産後500㎖以上の出血を分娩後出血と定義した。

年間10万人の妊産婦が産後出血で死亡しており、その99%が貧困国でのもの。

 

【Methods】

・倫理的には特に問題なし

・RCT 二重盲検

プラセボは生理食塩水

・臨床的に経膣で500㎖、帝王切開で1000㎖の出血があれば産後出血と判断

・1gのトラネキサム酸を(100㎎/㎖製剤)を1㎖/minで投与(およそ10分)

30分後も続いてたり、24時間後の再出血したら1g追加

・Primary Endpointはランダム化されてから42日間のあらゆる死亡

・Secondary outcomeは死因別死亡率、塞栓イベント、外科的介入、臓器障害の合併、その他有害事象

・統計的には当初は15000人で90%の検出力を確保する予定だったが、実際には子宮摘出は産後すぐに判断される(ランダム化と同時に行われる)ことが多かったので20000人まで参加者を増やした

・患者背景ごとにも解析(産後からランダム化までの時間、経膣か帝王切開か、出血の原因は何か)

・ITT解析

 

【Results】

・出血による死亡が72%

・出血による死亡が最も如実に有意差がついた

・塞栓や臓器障害、敗血症などによる死亡は変わらず

・3時間を超えてトラネキサム酸が投与された群では死亡率の低下はなかった

・子宮摘出術はランダム化されてから24時間以内に全体の86%に対し行われていた

・トラネキサム酸は子宮摘出の頻度は減らさなかった

・1080名の死亡があったが、そのうち371(34%)は子宮摘出を行わずに死亡し、112名(10%)は子宮摘出後に死亡し、597名(55%)は子宮摘出後に生存していた。

 

【Discussion】

①追跡率も良いのでbiasはかかりづらいだろう

②サンプルサイズの変化があった

③出血以外の死亡率も減らすのかさらなる試験も必要になる

④止血のための開腹術は主に、再開腹で行われていて、これはトラネキサム酸が奏功して頻度が減ったんだろう

⑤CRASHでも明らかだったが、3時間以上たつとトラネキサム酸の効果は失われる

⑥本試験では経静脈的なトラネキサム酸投与が用いられたが貧困国では家とか点滴のないとこでの出産による死亡が問題になっている

 

【私見】

かなり大きなStudyで、有意差はつきましたがNNTは250(計算あってるでしょうか?)と、ちょっと大きめのようです。CRASH2は119。

日本の妊産婦死亡率は2015年のデータでは10万人当たり3.8人(厚生労働省ホームページ参照http://www.mhlw.go.jp/toukei/youran/indexyk_2_1.html)と低い数値を保っていますので、トラネキサム酸が生死を分かつ場面は稀かもしれません。

ですが、有害事象がないということで体勢に影響を与える可能性はないものの、使用はしても良いかもしれませんね。

 

【参考文献】

1.Shakur, H., Roberts, I., Fawole, B., Chaudhri, R., El-Sheikh(2017).

Effect of early tranexamic acid administration on mortality, hysterectomy,

and other morbidities in women with post-partum haemorrhage (WOMAN):

an international, randomised, double-blind, placebo-controlled trial. The

Lancet, 389(10084), 2105–2116. 

 

2.参加危機的出血への対応ガイドライン

https://www.jspnm.com/topics/data/topics100414.pdf

3.厚生労働省ホームページ