低体温症の話
ご無沙汰しております。最近は(と言っても1年前ですが)臨床研究を始めました。
そちらが忙しかったこと、臨床研究を始める中で、従来の「論文の図表を貼る」「リンクを張る」などのやり方が、研究者としては良くないのだなというのを(今更でお恥ずかしいですが)痛感し、しばらく筆が止まっていました。
今後はその辺りも配慮してブログを書いていこうと思います。
今回は季節柄、低体温症の話です。
救急外来に患者さんが来た、「あれ?すごく冷たい」→「膀胱温を測ると30度!」なんてことは結構あるのではないでしょうか?
この場合のポイントは、「ひとまず暖めること(注意するポイント何点かアリ)」と「低体温に陥った原因を考える(場合によってはそちらの初期対応も必要)こと」を同時にすることです。
「道で倒れていたのだから、冷えてしまったんでしょ?」ではなくて、「何故、この人は道で倒れてしまったか」ということを考えなくてはいけません。
前置きが長くなりましたが、今日の内容は、
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低体温症の重症度と初期対応
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治療をする際の注意点
の2つです。
1. 低体温症の重症度と初期対応
低体温症の重症度と初期対応は以下のようにまとめられます[1]。
ここで言う体温は深部体温(core temperature、つまり膀胱温や直腸温、食道温など)であることに注意してください。
■32-35℃ → Mild hypothermia
PERが基本。
シバリングがあったり、栄養状態が悪そう、老人、脳血管障害の既往がある場合はAERも追加。1時間あたりの復温が0.5℃未満であればmoderate hypothermiaに準じた対応。
■28-32℃ → Moderate hypothermia
PER+AER ± 14-16Gの末梢静脈路から加温輸液。1時間当たりの復温が2℃未満であればsevere hypothermiaに準じた対応。
■28℃以下 → Severe hypothermia
循環動態が安定していたらPER+AER+AIR
循環動態が不安定であればECMOを用いた蘇生(=ECLS)
【治療法の具体的な内容】
・PER: passive external rewarming(受動的な体外復温)
→エアコンを28℃に設定、濡れた衣服の除去、毛布や布団をかける(家でも出来る)
・AER: active external rewarming(能動的な体外復温)
→電気毛布やベアハガー®の使用(※その場合、体幹を温めて、四肢は出しておくとafter drop(*1)を防げるかもしれないので推奨)
・AIR: active internal rewarming(能動的な体内復温)
→40-42℃に加温した等張液を投与する、加温加湿した酸素を投与するを基本とする。場合によっては、血管内加温デバイス、温生食による胸腔・腹腔内洗浄(*2)、ECMO(理論上はVVECMOでもVAECMOでも良い、循環が不安定であればVAECMO)など。
特にUpToDate®では深堀りされていませんが、血液透析も有効なようです[2]。
(文献[2]ではQbを100-150㎖/min、Qdを500㎖/minで 数時間使用しているケースが多いようです)
*1 低体温症の症例は、全身の体表面を温めると末梢血管は拡張する。その時に末梢に停滞していた低温の血液が大循環に戻ることで深部体温が逆に下がる現象をafter dropと言う。末梢血管が拡張することで、相対的に循環血液量が減少し血圧が下がるとrewarming shockを起こすため、末梢を急に温めるのは良くないかもしれない。
*2 HFNCで加温すると、復温までの時間が有意に短くなったという報告もあったりするようです[3](※文献[3]はletterですが、HFNCを50-60l/minで、加温は37℃、FiO2は21%、5時間の間に加温生食は3L程度入る形で使用し、復温までの時間はHFNCで120 [120–165] 、HFNC無しで345 [218–405] 分であったとのこと。ただし、これはUp ToDateでは推奨はなく、Pubmedで探した限り規模の大きな観察研究やRCTはなかったので話半分の方が良さそうです)
症例報告では胸腔洗浄や腹腔洗浄をやった例はあるようです[4]が、自分は経験がありません…。
2. 治療をする際の注意点
■低体温の原因を考える(重要‼)
→原因は多岐に渡るが、敗血症、副腎不全、甲状腺機能低下が主な原因。
同じ復温方法で比較したときに、低体温に感染症を合併している場合は加温がゆっくりだった(感染症アリだと0.67°C/hour、感染症ナシだと1.67°C/hour)という報告もあります[5]。
復温が上手く行かない場合は副腎不全に対してデキサメタゾン4㎎もしくはハイドロコルチゾン100㎎に加えて、甲状腺機能低下を疑う場合にはレボチロキシン250μgを追加しても良いと思われます(コーチゾールおよび甲状腺機能の採血はあらかじめとっておく)。
その他の鑑別は多岐に渡りますが、AIUEOTIPS+熱傷、急性膵炎、神経性食思不振症、栄養失調、神経変性疾患などに収まるでしょう。(上記3つは初期治療に組み込む必要があるので特に重要)
■低体温患者は心臓の過敏性がある
→丁重に扱わないと心室性不整脈を起こすかもしれない(かといって、必要な介入を避けてはいけない)ので注意が必要です。
■胸骨圧迫はどうするか
→DNAR、致死的損傷が既にある場合、凍結して有効な胸骨圧迫ができない場合はしなくても良い。少しでも生命兆候がある場合や、無脈静電気活動の場合であっても心電図波形が出ている場合も胸骨圧迫はしなくて良い(明確な科学的根拠はない)とされています。
ただし、心静止になった場合は胸骨圧迫が必要で、自己心拍の再開を確認するには触診よりも、ドップラーエコーや経食道心臓超音波が有効かもしれません。
ちなみに、瞳孔散大や四肢の硬直も死亡の根拠にはならないので注意。
■心室細動や心静止
→基本的には30℃程度に復温しないと治療抵抗性であることが多いと言われています。そういう場合はECLSに移行するのが確実ですが、そうでない場合は除細動は1度行ってみて、無効であれば1-2℃復温してもう1度除細動を行い、30℃を越えてきたら通常のACLSで対応します。
■いつまで、だれを蘇生するか
→非常に難しいです。低体温の症例は数時間の蘇生が必要な場合もあるというのはよく知られています。生化学的なマーカーとしては、K>12meq/l、アンモニア>420μg/dl、フィブリノゲン<50㎎/dl、乳酸上昇などがあると厳しいかもしれません。
■rewarming shock
→寒冷利尿の影響もあり、循環血漿量減少をともなっていることが多いです。復温されて末梢血管が拡張すると、rewarming shockを起こすので、大量の加温輸液を予め行っておく必要があります。昇圧薬の使用は特に制限なし、中心静脈路を確保する場合は大腿の方が不整脈を起こしにくいかもしれません。
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長くなりましたが、以上です。
「低体温症(熱中症、アルコール中毒)の診断をする場合は、そのウラにある疾患(特にAIUEOTIPSに該当するようなもの)を見逃すな!」
をキーメッセージとしてお伝えしたいと思います。それではまた。
<参考文献>
1. Ken Zafren, MD. **Accidental hypothermia in adults.** In: UpToDate, Post TW (Ed), UpToDate, Waltham, MA. (Accessed on January 03, 2022.)
2. Murakami T, Yoshida T, Kurokochi A, Takamatsu K, Teranishi Y, Shigeta K, et al. Accidental Hypothermia Treated by Hemodialysis in the Acute Phase: Three Case Reports and a Review of the Literature. Intern Med. 2019 Sep 15;58(18):2743–8.
3. Gilardi E, Petrucci M, Sabia L, Wolde Sellasie K, Grieco DL, Pennisi MA. High-flow nasal cannula for body rewarming in hypothermia. Crit Care. 2020 Mar 30;24(1):122.
4. Tan JL, Saks M, DelCollo JM, Paryavi M, Visvanathan S, Geller C. Accidental hypothermia cardiac arrest treated successfully with invasive body cavity lavage. QJM. 2018 Aug 1;111(8):563-564.
5. Delaney KA, Vassallo SU, Larkin GL, Goldfrank LR. Rewarming rates in urban patients with hypothermia: prediction of underlying infection. Acad Emerg Med. 2006 Sep;13(9):913-21.
大量メトトレキサート療法後の中毒に関するreview の話
会陰裂傷の話
1.会陰裂傷の分類
文献によって微妙な分類に違いはあるようですが,ほとんどの場合は,1~4度に分類されるようです。Up to dateでは下記の通り1度~4度に分類されていて,3度が細かく分けられています。[1]
憩室炎の話
こんにちは。最近、憩室炎の入院が立て続いておりましたのでまとめです。
憩室炎のイニシャルマネジメントはそれなりに救急医時代にも学んでいたのですが、保存加療後の外来マネジメントについてはあんまり学んだことがなかったので改めて、勉強しました。
基本的にはUp to dateを参照することが多いのですが、今回は「一般社団法人日本消化管学会.大腸憩室症(憩室出血・憩室炎)ガイドライン」がMindsで公開されていたので対比しつつまとめてみたいと思います。
以下
0.大腸憩室炎の疫学
1.大腸憩室炎の初期診療
2.大腸憩室炎の外来フォローで下部消化管内視鏡は必須か
3.大腸憩室炎を繰り返す場合はやっぱり手術なのか
という内容でまとめました。
0.大腸憩室炎の疫学
大腸憩室症ガイドライン(1)によれば,本邦において
・40-60歳では右側結腸に多く,高齢になると左側に多い
・左側結腸憩室炎の方が合併症を有する確率が高い
・危険因子に関しては明らかなものはないが,肥満や喫煙は関連があるかもしれない
・膿瘍などを伴っているものは全体の16%程度,その場合の死亡率は2.8%(合併症がない普通の大腸憩室炎では0.2%)
・大腸憩室炎と大腸癌の関係は不明である
と言った疫学的特徴があるようです。
大腸癌でもそうですが,右側と左側で発症年齢にばらつきがあることや,予後が変わるのは発生学的な影響もあるのでしょうか?ちょっと興味深いですね。
危険因子や大腸癌との関連もあまりはっきりしたものはなさそうですが,これについては後述します。
1.大腸憩室炎の初期診療
大腸憩室症ガイドライン(1)では,初期診療の要旨としては下記のような記載がありました。
①「膿瘍・穿孔を伴わない大腸憩室炎に抗菌薬は不要とする報告はあるが,日本人のデータはなく不明であり,現状では抗菌薬投与は許容される」(エビデンスC,合致率100%)
②「膿瘍がおおよそ3㎝以下の場合には,抗菌薬投与と腸管安静を推奨する。一方,膿瘍がおおよそ5㎝を超える場合には,超音波あるいはCTガイド下ドレナージと抗菌薬投与,腸管安静を実施することを推奨する。3-5㎝の境界サイズの膿瘍は,患者の病態,人的・施設的ドレナージ実施可能性など勘案して,個々に治療法を選択する」(エビデンスC,合致率100%)
③「汎発性腹膜炎を呈する大腸憩室炎は緊急手術を実施することを推奨する」(エビデンスA,合致率100%)
③については異論はないと思います。保存加療が失敗した場合も手術ですね。
①については自分の不勉強で知りませんでしたが,軽症の場合は抗菌薬使用しなくても予後に差が出なかったという報告が2013-2017年までで散見されるようです。(原著については今回未確認)
自分だったら,抗菌薬なしで経過診れるかと言うと…自信はないです。
ガイドラインでは,特に具体的な抗菌薬の選択について記載なかったため,up to dateも参照しました。
Up to dateの“Acute colonic diverticulitis: Medical management.”(2)では,
①外来患者では,7-10日間の経口抗菌薬を処方(腸内細菌叢,特に大腸菌とBacteroides fragilisをカバーするような,AMPC/CVAやCPFX+MTZ,ST合剤+MTZなどを使用),絶食よりはmodifiedな食事制限(飲水を2-3日して,徐々に食上げ)を推奨。
※routineの抗菌薬投与に関しては,別個に記載があり「明確なevidenceはない」として,明言はされていませんでした。各国のガイドラインで推奨が違うようです。
②入院治療をする場合は,
・「明らかな消化管穿孔,腸閉塞,多臓器への穿通」があれば手術
・「膿瘍形成」があればドレナージ(ドレナージできなければ抗菌薬)
※ドレナージが成功すれば24-48時間で改善が得られるはずなので,そうでない場合は再評価を行う,場合によっては手術
・抗生剤はGNRと嫌気性菌を十分カバーできるようなレジメンを選択。単剤であればカルバペネム系もしくはTAZ/PIPC,2剤以上であればセフェム系もしくはLVFXにMTZ併用。腸球菌想定される場合はABPCやVCM併用)
※本文中には記載されていませんが,本邦で経験的に使用されるABPC/SBTは大腸菌への,CMZやCLDMはBacteroidesへの耐性が懸念されるため上記のような選択になっていると思われます。実際には,軽症例の場合はABPC/SBTやCMZで十分治療できると思いますが…。アンチバイオグラムを確認しながらできるだけ狭域の抗菌薬を選択したいところです。
・抗生剤は症状改善まで使用(基本的には3-5日間で奏功),静注の後に内服抗生剤を10-14日間使用する
といった記載になっていました。
双方見比べても,「緊急手術」もしくは「保存加療(ドレナージするかどうかは状況次第)先行して,だめなら手術」というのが大まかな流れで一致してそうですね。
★術式の選択について
この辺りは外科医ならではの悩みと思われますが,どのような術式を選択するのかについてもUp to dateのAcute colonic diverticulitis: Surgical management(3)に記載がありました。Hinchey分類(下図参照)でマネジメントが分類されていますが,大雑把に言えば,
・Hinchey分類Ⅲ,Ⅳ → vitalが悪ければDCSもあり得るが,基本はHartmann手術
(状態が改善すればストマ閉鎖),切除後吻合する場合はカバーリングストマを併用。
・Hinchey分類Ⅰ,Ⅱ → 汚染が軽度で腸管の状態が良ければ,カバーリングストマ併用で切除後吻合。(患者や腸管の状態がよっぽどよければ,ストマを置かなくても良い)
で明確な推奨はやはり難しそうです。大規模な臨床試験が,Hartmann vs カバーリングストマで行われていて大きな差はなさそうですが,やはり再手術は避けたいもので安全な手術に流れていくのは仕方ないかなと思われます。
2.大腸憩室炎の外来フォローで下部消化管内視鏡は必須か
大腸憩室症ガイドライン(1)では,
「大腸憩室炎と大腸癌の関連性は不明である。ただし,原疾患として大腸憩室症以外の病変を否定するための大腸内視鏡を,一度は行うことを推奨する」(エビデンスC,合致率100%)と,臨床疫学的には根拠は少ないものの,エキスパートオピニオンとしては推奨されています。
Up to dateの“Acute colonic diverticulitis: Medical management.”(2)でも,「もしも1年以上下部内視鏡を行っていなければ,症状改善後,6-8週したところで下部消化管内視鏡を行う。」との推奨でした。
なので,「基本的にはやったほうが良いだろう」というのが結論になりそうです。
3.保存加療後の大腸憩室炎でどんな時に手術を考慮するのか
あくまでも、「保存加療後」の憩室炎の手術適応についての内容です。
大腸憩室症ガイドライン(1)によれば,
・膿瘍・穿孔を伴わない大腸憩室炎の再発率は報告によって異なりますが13-47%(ただし,再発そのものが重症化のリスクにはならず)
・膿瘍を合併した大腸憩室炎の再発率は30-60%程度
・膿瘍・穿孔を伴わない大腸憩室炎を繰り返すだけでは必ずしも手術適応とならない。(免疫不全患者など一部の症例では待機的手術を考慮する)(エビデンスC,合致率100%)
・大腸憩室治癒後の狭窄を来たした症例では手術を考慮する(エビデンスB,合致率100%)
ということのようです。
Up to dateの“Acute colonic diverticulitis: Medical management.”(2)では,どの患者に待機的手術をするかはケースバイケースとしながらも,免疫不全患者(化学療法施行後,移植患者,長期ステロイド使用,糖尿病,腎不全,膠原病患者)などは再発した場合に重篤化しやすいので,可能であれば手術を検討すると述べられています。
この辺りは本当に判断が難しいところのようですね…。
今回は実際に自分の行っている診療について裏をとるような内容になりました。
調べてみると,術式や抗生剤の適応,選択など先人たちも色んなことで迷っていたんだ
なぁとしみじみ感じます。
今後も細々ブログで自分の診療を振り返りつつまとめて行きたいと思います。
それでは。
【参考文献】
1.一般社団法人日本消化管学会.大腸憩室症(憩室出血・憩室炎)ガイドライン .2017.(https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0348/G0001033)
↑日本語です。Mindsで無料公開されています。
2.John H Pemberton, MD.Acute colonic diverticulitis: Medical management. http://www.uptodate.com (Accessed on July 4, 2020.)
3.John H Pemberton, MD.Acute colonic diverticulitis: Surgical management. http://www.uptodate.com (Accessed on July 4, 2020.)
↑Up to dateは内科治療と外科治療を分けた記載でした。さすがに,外来マネジメントについては細かく記載されていたので都度確認したほうが良さそうです…。
John H Pembertonさんは,メイヨークリニックの大腸外科の先生です。
ヨード造影剤アレルギーの話
ひさびさの更新です。実は2019年度から外科医になりました。
とは言っても,最終的にはまた救急に戻りたいと考えていますし救急専門医は維持するつもりなのでブログのタイトルはそのままです。
今後ともよろしくお願いいたします。(今回の経緯についてはなんとなくnoteにまとめてみました。進路選択の悩みが滲み出た内容なので書くのはちょっと恥ずかしかったです→https://note.mu/ryo31527/n/n4f6a517ac099)
さて,今回はヨード造影剤アレルギーの話です。
外科になると造影CTを撮るか迷う場面が増えました。すべての検査がそうなのですが,「どれくらいのリスクがあって,検査をすると治療方針がどう変わり得るのか」ということを考えて造影するのかしないのか,選択したいものですが…。
今回は,
0.ヨード造影剤アレルギーという言葉の曖昧さについて
1.ヨード造影剤アレルギーのリスク
2.ヨード造影剤アレルギーのリスクがある場合,前投薬はどうするのか
3.もしもヨード造影剤アレルギーが起こったら
の4つについてまとめてみました。
ちなみに,この手の話題に関しては,院内マニュアルがある病院も多いと思うので,不要な混乱を避ける意味でも,まず「自分の病院ではどういう決まりになっているのか」を確認してみることをおすすめします。
今回は,Up to date,放射線医学会の提言,American College of RadiologyやEuropean Society of Urogenital Radiologyのガイドラインを中心に比較してみたいと思います。
0.ヨード造影剤アレルギーという言葉の曖昧さについて
ここは本題に入る前に確認です。正直あんまり大事ではないので読み飛ばしても良いと思います。
今回の記事で扱うのは「ヨード造影剤アレルギー」ですが,ヨード造影剤を投与した後に患者さんの体調が悪くなる現象は「ヨード造影剤投与後の急性副作用」です。
Up to dateのDiagnosis and treatment of an acute reaction to a radiologic contrast agentには,
Acute reactions to contrast usually occur within 20 minutes of exposure but are generally defined as those occurring within an hour. They are classified as allergic-like or physiologic based upon the clinical presentation.
と記載があり, allergic-like reactionと physiologic reactionは区別されています。
allergic-like reaction(日本語ではアナフィラキシー「様」反応と訳されますが)はIgEを介さないとされているため,狭義の意味ではアナフィラキシーと呼ばないとされていますが症状はアナフィラキシーと同じです。
実際には,臨床の現場で「造影剤アレルギー」と呼ばれているものは,正確にはヨード造影剤に対するアナフィラキシー様反応なんですね。
まぁ,ここを正確に理解せずとも実際の臨床現場ではあまり困らないと思いますが。
1.ヨード造影剤アレルギーのリスク
さて,ヨード造影剤使用を躊躇うような場面はどんな場面でしょうか?
オイパロミン®(ヨード造影剤)の添付文書を確認してみましょう。
これを見るとやはりヨード造影剤の過敏症の既往がある場合は,できる限り避けたほうが良さそうです。(ちなみに,この添付文書の記載に関しては早川先生方の書かれた「造影剤添付文書の「原則禁忌」について考える」という記事がとてもまとまっております)
Up to dateを見てみると,
The rate of acute adverse reactions from nonionic low- or iso-osmolar iodinated contrast is approximately 0.15 to 0.7 percent with >98 percent being mild and self-limited [8-11]. Fatality from iodinated contrast has been estimated at 2 to 9 per one million administrations [3,12].
と,その発生率は非常に低いことが伺われます。
American College of RadiologyのContrast Manual,European Society of Urogenital Radiologyのガイドラインでも同様の記載で,やはり過去の造影剤アレルギーの既往や,気管支喘息,アレルギー体質などは注意すべきrisk factorとして記載されていましたが,実際にどれくらいのrisk上昇を認めるのかは記載がありませんでした。
2.ヨード造影剤アレルギー(ヨード造影剤投与後の急性副作用)のリスクがある場合,前投薬はどうするのか
ここが,今回一番興味深かった点です。
American College of Radiologyでは,Given the tradeoffs between what is known and not known with respect to the benefits and harms of premedication, premedication may be considered in the following settings and scenarios:
とした上で,こんな推奨をしています。
基本的には,「過去に造影剤で副作用のあった患者を対象に」「できるだけ検査の前から」「治療方針の決定を優先して」行うと言うような推奨になっています。
それに対して,European Society of Urogenital Radiologyでは「Premedication is not recommended because there is not good evidence of its effectiveness」
と前投薬の推奨は特にないようです。
(ちなみに,前述の日本放射線医学会の提言ではEuropean Society of Urogenital Radiologyも前投薬を推奨している記載になっているようですが,ver9.0時点での記載なので,すくなくともver10.0ではpremedicationは推奨されていないと言うことになります)
American College of Radiologyの前投薬のレジュメンは以下の通りです。
・経口の場合
・静注の場合
こうしてみると,たしかに使用するステロイドの量も多く,使用が躊躇われますね。
なんやかんや,リスクの層別化が難しいこともあって,結局は現場の判断ということのようです。
3.もしもヨード造影剤アレルギー(ヨード造影剤投与後の急性副作用)が起こったら
Up to dateでも,各ガイドラインでもアナフィラキシーに準じた対応が推奨されています。以前の記事(http://zawa99.hatenablog.com/entry/2017/11/23/144100)でも少し引用しましたが,日本アレルギー学会のアナフィラキシーガイドラインが日本語で記載されていて,良くまとまっています。
基本的には,
1.まずはABCの確認(意識障害があればACLSに準じた対応)
2.ルートキープ,酸素投与,モニター装着,応援を呼ぶ
3.アドレナリン筋注(成人は0.5㎎,小児は0.3㎎が最大量)
※アナフィラキシーのキードラッグはアドレナリンの筋注なのであまり躊躇わずに使用したほうが良いと思いますが,一応適応は下記の通りです。
調べてみると,色々はっきりしないことも多く,すっきりしない記事になってしまいました。ただ,「分からないことが分かる」ということが臨床の醍醐味と言うか大事なポイントだと思いますので,今後元リンクの文献も読みこんで学んでみようと思います。
それでは。
【参考文献】
1.Stella K Kang, MD, MS. Diagnosis and treatment of an acute reaction to a radiologic contrast agent. http://www.uptodate.com (Accessed on September 28, 2019.)
↑意外とUp to dateはあっさりした記載でした。
2.早川克己ら.造影剤添付文書の「原則禁忌」について考える.(https://radiology.bayer.jp/static/pdf/auth/cm_faq/cm_faq_3.pdf)
↑少し古いですが読みやすいです。
3.日本放射線医学会. ヨード造影剤ならびにガドリニウム造影剤の急性副作用発症の危険性低減を目的としたステロイド前投薬に関する提言.(http://www.radiology.jp/member_info/safty/20170629.html)
4.American College of Radiology. Contrast Manual.(https://www.acr.org/Clinical-Resources/Contrast-Manual)
5.European Society of Urogenital Radiology. Guidelines on contrast Agents.( http://www.esur-cm.org/index.php/)
↑各学会のspecialistの意見が違うのが面白かったです。
6.Anaphylaxis対策特別委員会.アナフィラキシーガイドライン.2014.(https://anaphylaxis-guideline.jp/pdf/anaphylaxis_guideline.PDF)
↑おすすめ。まとまっているし,日本語。アナフィラキシーの対応は全ての医療従事者が学んでおくべきと思いますので是非ご覧ください
ケタミン(ケタラール®)の話
今回はケタミンについてのまとめです。
現在小児病院に出向中で,小児ERの勉強をしています。ケタミンを使用することが最近続いていて,質問を受ける機会もあったのでレジデントの先生向けにまとめることにしました。
救急領域の処置の際には活躍の場面の多い薬剤ですが,ちょっとクセあのる薬剤ですのであまり馴染みがない方も多いかもしれません。
ケタミンは,「呼吸・循環抑制を起こしづらく,鎮痛作用もあり,処置時の鎮静に非常に適した薬剤である」ただし,「添付文書では脳圧亢進患者や,外来患者では禁忌である」という薬剤です。
今回は,
1.ケタミンの特徴
2.ケタミンのメリット・デメリット
3.ケタミンの使用方法
の3点に絞って述べたいと思います。
1.ケタミンの特徴
ケタミンは大脳皮質機能を抑制↓する一方で辺縁系機能を賦活化↑させることから,解離性麻薬と言われます。ミダゾラムやプロポフォールのような睡眠薬と違い,薬効作用が発現している時も,目が開いていたり,体動や発語があったりします。
一度ケタミンを使用すれば「こういう状況なのか」と腑に落ちると思いますが,はじめて見るときはぎょっとするかもしれません。
Procedural Sedation with Ketamine - YouTube
↑この動画の3分30秒頃から見ていただくとイメージ掴めると思います(男児の口唇を縫合する際に使用しています)
また,ケタミンを投与された本人は「白昼夢」や「悪夢」を見ると言われており,事前にその説明は行い,特に異性の処置の場合は1人でしないように(看護師や同僚などに同席してもらって)した方が良いと思います。
※ちなみに,「夢を見ることがありますが,良い夢を見ることが多いですよ」と声をかけると悪夢の頻度が減る可能性があるそうです。[1]
2.ケタミンのメリット・デメリット
以下に,簡単にメリットとデメリットを列挙しました。
<メリット>
・呼吸や循環抑制を来たしにくい
・鎮静だけでなく鎮痛作用もある
・古い薬で臨床研究も広くされている
・静注も筋注もできる
→ショックの場合や,痛みを伴う処置(整復や小児の縫合など)に向いている薬剤と言えます。
<デメリット>
・体動が残る場合がある
・見た目が寝ている感じにならない
・嘔吐や流涎がある(大体2-5%程度 上気道のトラブルに注意)
・喉頭痙攣(0.5%未満)を起こし得る(感冒の際などは発生率↑)
・悪夢を見る可能性がある
・「脳圧亢進」の可能性がある
・高血圧/頻脈を起こす可能性がある(重度の虚血性心疾患がある場合や,心機能が悪い患者さんの場合は注意が必要)
→可能性は少ないですが,気道緊急に発展する可能性もあるのでモニターや気道確保の道具・人など準備をしておく必要があります。(他の薬剤も一緒ですけれど)
感冒症状がある場合や,頭部外傷がある場合は注意が必要です。
<禁忌>
添付文書上の禁忌を確認しましょう。
あくまでも添付文書上の禁忌で,実際の臨床の場面では禁忌に該当するようなケースでも使用することはあると思います。万が一トラブルがあると,訴追される可能性もあるので事前に患者さんに説明して,同意を得ておくことは重要です。
メリットとデメリットはコインの裏表の関係です。
例えば,ケタミンを投与すると血圧上昇/頻脈を引き起こします。血圧低下を招かないと言う意味ではメリットですが,心筋酸素需要を増すという点では重症心筋虚血の指摘されている患者ではデメリットになり得るわけです。
ちなみに添付文書では「脳圧亢進患者には禁忌」と書かれていますが,2014年にカナダからのメタアナリシスがあり,外傷でも非外傷性の疾患でも,ICPは上昇しない(場合によっては下がる)と言われています。[2,3]
3.ケタミンの具体的な使用方法
まず,鎮静をかける準備をします。具体的には,
□AMPLE確認 + 同意書取得
□モニター(EtCO2モニター含め)装着
□末梢静脈路確保(生理食塩水やラクテック®,ソルアセトF®など糖やKの含有のないものが良いでしょう)
□気道確保の準備(※)
□処置そのものに必要な準備
上記を終えてから,ケタミンの投与を行います。
日本国内ではケタラール静注用200㎎®(200㎎/20㎖の製剤)がありますので,そちらを用います。容量は下記の通りです。[1,4]
1-2㎎/㎏を1分かけて静注します。
追加投与は2分ごと,0.5㎎/㎏ずつです
1分程度でピークになりますが,作用時間はおよそ10分程度です。
ちなみに,硫酸アトロピンやベンゾジアゼピンの予防投与は不要と言う向きが多いようです。処置後は5分おきに意識状態の評価を行い,元の意識状態に戻れば帰宅可能です。帰宅後2時間は家族に慎重に観察してもらい,食事は控えるように伝えましょう[4]
※気道確保の準備,とサラっと書きましたが,やることは多いです。
まずマスク換気困難を「MOANS」で,挿管困難を「LEMONS」で評価し,最後に「SOAP MD」で漏れがないように準備をします。
■換気困難の指標「MOANS」⇒Mask seal,Obesity,Age(≧55),No teeth,Stiff lungs
(Mask sealはマスクの接着を邪魔する髭や顔面外傷がないかを確認。Stiff lungsはCOPDや喘息、妊娠後期でないかを確認します)
■挿管困難の指標「LEMONS」⇒Look Externally,Evaluate the 3-3-2 rules,Mallampati,Obstruction,Neck mobility,Space Skills
(Look Externallyは極端な肥満や小顎などないかを確認します)
MOANSやLEMONSで問題があれば,気道確保の熟練者(麻酔科や救急科など,病院ごとに決まりがあると思われますが)に相談をした方が良いでしょう。
■挿管前の準備「SOAP MD」
⇒Suction,Oxygenation,Air stuff,Pharmacy/Position,Monitor,Denture
意外とDenture(入れ歯やぐらぐらの歯がないかの確認は忘れがちなので注意)
この辺りは,ケタミン以外の鎮静薬を使用する場合でも共通事項ですので,鎮静薬を使用する場合は確認を忘れないようにしましょう。
以上,簡単ではありましたがケタミンについてまとめました。
実は,プロポフォール単剤よりもプロポフォールとケタミンを併用したほうが,呼吸抑制が減る(俗にケトフォールと呼ばれます)[5]とか,持続静注で鎮痛薬として使用するとか,色々掘ると話はありますが,今回は基本編ということでここまで。
もっと詳しく,処置時の鎮静について学びたい方は,以下の本がおすすめです。
とても分かりやすい本ですので是非読んでみてください(COI全くありません)
それでは。
【参考文献】
1. 乗井達守 編. 処置時の鎮静・鎮痛ガイド. 東京都. 医学書院. 2016.
2. Zeiler FA et al. The ketamine effect on ICP in traumatic brain injury. Neurocrit Care. 2014;21:163-173.
3. Zeiler FA et al. The ketamine effect on intracranial pressure in nontraumatic neurological illness. J Crit Care. 2014;29:1096-106.
4. Steven M. Green, MD et al. Clinical Practice Guideline for Emergency Department Ketamine Dissociative Sedation: 2011 Update.Annals of Emergency Medicine. 2011;57:449-461.
5. Yan JW et al. Ketamine-propofol versus propofol alone for procedural sedation in the emergency department: a systematic review and meta-analysis. Acad Emergency Med. 2015;22:1003-1013.
VVECMOについて
少し更新が滞っていました。今回は,VVECMO症例の担当になりましたので,簡単にまとめました。
1.そもそもVVECMOとは
VVECMOはVeno-Venous Extracorporeal Membrane Oxygenationの略です。
静脈から脱血して静脈に送血するECMO(体外式膜型人工肺)のことを指します。
臨床現場では,呼吸ECMOなどとも呼ばれています。
ECMOは人工肺そのものを指す言葉で,ECMOを用いた生命維持処置のことをECLS: Extracorporeal Life Supportと言います。
慣習的に治療行為を含めて,ECMO,ECMOと現場では呼ばれることが多いです。
2.エビデンスと適応
2009年に発表されたCESAR trialは成人の重症呼吸不全に対する有用性を示したRCTです[1]。同年に流行したH1N1インフルエンザとそれに伴うARDSに対して,ECMOによる救命例が報告されECMOは脚光を浴びるようになったと言われています(自分は当時,薬理学のテストに苦しんでいました)。
また,ELSO(extracorporeal life support organization)がガイドラインをインターネット上で公開しています。(https://www.elso.org/Portals/0/ELSO%20Guidelines%20General%20All%20ECLS%20Version%201_4.pdf)
ECMOの適応については,
①適切な呼吸管理を行なっているにも関わらず,死亡率が50%を超えるならECMOを“考慮” →FiO2>0.9でP/F ratio<150,Murray Lung Injury Score 2-3点
②適切な呼吸管理を行なっているにも関わらず,死亡率が80%を超えるならECMOを“導入” →FiO2>0.9でP/F ratio<100,Murray Lung Injury Score 3-4点が6時間以上持続
③適切な呼吸管理を行っているにも関わらず,pH<7.20
④肺移植待機中などbridge therapyとしてECMOが必要と考えられる場合
となっていますが,文献毎に微妙に違う部分があります。適応のポイントとしては,「可逆性のある肺障害で,なおかつ人工呼吸器管理の時間が短い(目安としては1週間以内である)こと」です。
可逆性のある病態である必要があるので,初期にウイルス感染,細菌感染,ARDS,Wegener肉芽腫症,肺胞蛋白症,重症喘息などを鑑別する必要があります。ECMOはあくまでも対症療法ですから,原因に対する根本治療がなければなりません。
人工呼吸器管理の時間に言及されているのは,人工呼吸器関連肺障害(VILI:ventilator inducedlung injury)が進行した状態では救命率が低くなると考えられているからです。
ただし,2018年に発表されたEOLIA trialでは重症ARDSにおいて早期ECMO導入群と,通常の人工呼吸器管理を行った群(ECMOへのクロスオーバーあり)で有意差がなかった[2]ことから,「いつECMOを行うか」ということはまた議論されそうです。(肺保護が大切であることと,ECMOそのものの価値を下げるものではないです)
※Murray Lung Injury Score
P/F ratio,胸部Xp所見,PEEP,全肺胸郭コンプライアンス(TV/(最大吸気圧-PEEP)で計算)
3.管理の実際
●カニュレーション[3]
現在はリサーキュレーション(送血管からの血流を脱血してしまう現象)を防ぐ意味で,大腿静脈脱血-右房送血が多いです。脱血管には側孔がたくさん空いているので十分な血流を確保できます。
いずれも穿刺部位の血管をエコーで確認し,血管系の3分の2を超えないような太さを選択します。カニュレーション前に50-100単位/㎏のヘパリン(2500-3000単位)を静注し,
送血管は21-23Frで留置する位置は第7肋骨高位
脱血管は23-29Frで留置する位置は第11肋骨高位もしくは肝内下大静脈
の位置に留置します。血液流量は60-80㎖/㎏/minで開始します。
ちなみに海外では1本のカニューレで送脱血のできるカテーテルもあるようです[4]。(大腿静脈のカテーテルを省略できるので離床に良い。)
●呼吸器設定(lung restとLow SaO2の許容)
lung restを目指した呼吸器設定を行います。一律の決まりはありませんが,
最大吸気圧20〜25 cmH2O,PEEP10〜15 cmH2O,呼吸回数10 /min以下,FIO2 30%を目標にする[5]のが一般的です。
ECMO導入後,いきなりlung rest設定にはせず6-12時間かけて徐々に低下させていきます。この時に経肺圧が高くなるような呼吸様式や体動がみられる場合には鎮静や筋弛緩薬を併用します。それでも呼吸器設定を下げられない場合は,ECMO流量不足の可能性が高いです。このlung rest設定に辿り着いた後は,原病の回復を待つのみです。呼吸器設定を変えずに,TVが上昇してくれば回復の指標の1つになります。
「肺を休ませる」ことを考えるならもっと圧を下げても良いように感じますが,合併症でECMOが停止するような事態になった場合の安全弁として,上記のような設定をrest lungと呼びます。
ECMO管理中の血液ガスの目標は
PaO2 45-60(SpO2 85) →ECMOの流量で調節
PaCO2 40 →スイープガスで調節
Hb →12-14g/㎗
となります[6]。
この管理のコンセプトがlow SaO2の許容です。
まず,「送り込まれる血液の酸素飽和度」を考えてみましょう。
下大静脈脱血-右房送血の場合は,「ECMOにより脱血された下大静脈血流は酸素化され送血されますが,上大静脈に還ってくる血流はそのまま右房に流入します」
上大静脈に還ってくる血流量を30%と見積もれば,
酸素化された70%の血液と酸素化されない30%の血液が混合します[6]。
つまり,末梢の酸素消費量が高い場合や自己心拍出量が低い場合などは,結果的にSaO2は下がりうるわけです。
SaO2が下がった場合,後述するような鑑別をしますが実際問題リサーキュレーションがある場合などはどうしたら良いかを考えます。
ショックについて勉強した酸素含有量の式を思い出してみます。
CaO2(ml/dl)=SaO2×1.36×Hb(g/dl)+PaO2×0.003(ml/mmHg・dL)(PaO2は数字が小さいので無視できるのでした)
1分間に運搬される酸素の量は,CO(心拍出量)に依存しますから
DO2=CO×SaO2×1.36×Hb(g/dl)
ですね。なのでECMOを使用しSaO2が下がっている場合は,Hbを上昇させることで対応することになります。
●鎮痛・鎮静
カニュレーション後12-24時間は鎮静を要することが多いですが,ECMOが安定してからは患者の容態に合わせて調整します。
基本的な考え方としては,メリットがデメリットを上回れば覚醒を目指します。(特に1週間を超えるようなECMO管理の場合は患者の容態によりますが,気管切開,Awake ECMOを試みることもあります。)
覚醒のメリットは,患者の意識レベルの評価が容易になること,リハビリができること,家族や医療スタッフのモチベーションの維持などがあります。
一方で,覚醒することによって暴れてしまう場合はデメリットが上回ると言えます。
他にもピンク状泡沫痰が吹き出したり,呼吸が努力様になってしまう,気胸や縦隔機種などが出来てしまった場合は鎮静や肺を休める意味での筋弛緩が必要となることもあります[7]。
ちなみに,シリコン製の膜型人工肺はフェンタニルやミダゾラムを吸着すると言われており,鎮痛薬としてモルヒネを使用するケースもあります。
モルヒネの作用発現時間は5-10分で7時間以上持続すると言われていますので,ボーラス使用(5-10mg/回,4-6時間おき)で効果的と言われています。
●抗凝固
ECMO管理中はヘパリン投与を行い回路凝固を防ぐのが一般的です。
ACT160-180,PT-INR<1.5,血小板>7.5万/μLを保つように輸血を行います。
●感染症
ECMO管理中は感染のhigh riskでありながら非常に判断が難しいです。1つの文献の中でも「監視培養を行って,フルコナゾールの予防投与を行うべきだ」「いや,監視培養は意味がない」[6]と意見が一定しません。
バイオマーカーや臨床経過をみながら判断するしかありませんが,ECMO管理が長期化するにつれて考慮すべき感染症が変わる可能性があります。
ECMO導入2週間程度まではいわゆるGNR/GPCが多いのですが,2週間を超えるとCandida,4週間を超えるとmaltophilia,2ヶ月以降はサイトメガロウイルスやアスペルギルスも考慮しなくてはなりません[7]。
前述した感染・出血の合併以外に,ECMO使用中にもSaO2が低下する場合があります。多くはリサーキュレーションによるものですが,人工肺の消耗・カニューレ位置の変化と言ったマシントラブル以外に,自己肺機能の低下,心拍出量の低下,酸素消費量の増加を考える必要があります[7]。
●ECMOからの離脱
lung rest設定にいたり,原病の治療が奏功した場合離脱を考えます。
目の前の患者の「肺が良くなっている」ことを認識できなければ離脱を検討することができないので,胸部X線写真や人工呼吸器パラメータ,血液ガスを参考に徐々にECMOをweaningします。
最低流量になったところで,通常の肺保護換気の設定(30mmHg>Pplat,PEEP5〜10 cmH2O,FIO2 60%,TV6-8㎖/㎏など)に変更し,スイープガスをoffにして2時間経過観察し,呼吸が安定していればヘパリンを30-60分前にoffしてから,カニューレの抜去です。多くの施設で巾着縫合や圧迫止血でカニューレを抜去しています。[3,6]
4.おわりに
簡単にECMOの管理についてまとめました。
かなりvolumeの多い内容でしたので正確でない部分もあるかもしれません。
施設や文献ごとに管理が一定していないところもあるので,詳細な設定は是非ELSOが出版しているRed book(ブログ記載時は2017年が最新版)などを見てみてください。(※最新版は英語になります。)
またECMO管理の入門には下記リンクの小倉先生の本がとても分かりやすいのでお勧めです。
それでは。
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<参考文献>
1.Peek GJ,Mugford M,Tiruvoipati R,et al. Efficacy and economic assessment of conventional ventilatory support versus extracorporeal membrane oxygenation for severe adult respiratory failure (CESAR): a multicentre randomised controlled trial. JAMA 2009 ;374 :1330.
2.Combes A, Hajage D, Capellier G,et al EOLIA Trial Group, REVA, and ECMONet. Extracorporeal Membrane Oxygenation for Severe Acute Respiratory Distress Syndrome. N Engl J Med 2018 ;378 :1965-1975.
3.梅井奈央.呼吸ECMOの導入と管理.人工臓器 2017;46:208-211.
4.Bermudez CA, Rocha RV, Sappington PL, et al. Initial experience with single cannulation for venovenous extracorporeal oxygenation in adults. Ann Thorac Surg 2010;90:991-5.
5.市場晋吾, 清水直樹,竹田晋浩.重症呼吸不全に対するextracorporeal membrane
oxygenation(ECMO). 日集中医誌 2014;21:313-321.
6.市場晋吾, 落合亮一,竹田晋浩. ECMO Extracorporaeal Cardiopulmonary Support in Critical Care 4th edition<日本語版>.東京都: ECMOプロジェクト; 2015. 252-260.
7.小倉崇以,青景聡之. やさしくわかるECMOの基本. 東京都: 羊土社; 2018.